名刺

  午後11時頃から3時間ほど眠って、その後2時間ほど本を読んでいました。

 

 読了後、明らかに読む前には向かわなかった方向へと、思考が及びます。これは、広く言えば文章によって心を動かされた、ということなんだろうけれど、悲しい話を読んで自分も悲しくなるとか、楽しい話を読んで元気が出るとか、そういった単純なことじゃなくて、輪郭が曖昧で、それでいてひたすらに純粋で切ない感覚。一つの溶媒に複数の溶質が溶け出したようなイメージです。

 

 「喜嶋先生の静かな世界」は、終始主人公の一人称視点で語られます。作者の自伝的小説といわれる本作は、「僕」が大学から大学院へと進む過程で喜嶋先生と出会い、研究に励む日々を淡々と書く回想録です。特にこれといった事件が起こるわけでもないし、複雑な人間関係に悩まされる登場人物の心情が生々しく書かれるわけでもありません。

 

 毎日が平穏に、とても静かに、過ぎていく。(334ページ、3行目)

 

 主人公の「僕」は人間のことをあまり話しません。人の印象や様子などは話すけれど、普段僕らがよく耳にするような、個人と個人の間に起こった様々な出来事や人間関係に関する話題はほとんど出てきません。もともとそういう性格だということもあるんだろうけれど、彼は喜嶋先生と出会って研究の楽しさを知り、その世界に身を浸します。

 

 こんなにも純粋で綺麗な世界があるのかと、あいた口に指が50本ほど入るくらい衝撃を受けましたね。読むのは2回目なんですが、あっという間に読み終えてしまいました。アメフト部の屈強な男子たちですら僕のページをめくる手は止められなかったことでしょう。世間で一般的に認知されている大学生とは(おそらく)違う、学問とひたむきに向き合いそれに熱中する日々。分野を問わず、やはり人が何かに打ち込む姿は美しいですよね。お尻に名刺を挟んで「ケツメイシ」なんて言ってた自分が恥ずかしくなります。